一歩先の自分へ - 登山

「山が与えてくれたもの」を次に繋ぐ:感謝の心と貢献の意識が深めた人生の歩み

Tags: 人生観, 貢献, 感謝, 学び, 変容, ベテラン登山家

長年の登山経験が人生に与えてくれたもの

山に登り始めてから、長い年月が経ちました。ただひたすらに頂を目指していた時期もあれば、歩くことそのものに深い喜びを感じていた時期もあります。山との関わり方は、その時々の自分の内面や人生の状況に合わせて変化してきたように思います。

体力や技術の向上はもちろんですが、それ以上に登山が私に与えてくれたものは、数えきれないほどの内面的な恩恵です。困難に直面した時に粘り強く立ち向かう精神力、予期せぬ状況でも冷静に判断する力、そして何よりも、自然の偉大さに対する畏敬の念と謙虚さ。これらの学びは、山の中だけでなく、日々の生活や人生そのものにおける様々な局面で、私の支えとなってきました。

山からの「恩返し」という新たな視点

人生の大きな節目を迎え、山との関わり方も新たな段階に入ったと感じています。これまでは、山から一方的に多くのものを受け取ってきたという感覚が強かったかもしれません。しかし、豊富な経験を積んだ今、今度は自分が山や、あるいは社会に対して何かを還元する番ではないか、という思いが芽生えてきました。これは、山から受けた恩恵に対する自然な感謝の気持ちから生まれるものです。

例えば、かつて自分が道に迷いそうになった経験は、地形図とコンパスを使った読図能力の重要性を身をもって教えてくれました。初めて歩く山域での不安、悪天候に見舞われた時の心細さ、そういった経験一つ一つが、計画の入念さや、不測の事態への備えの大切さを私に刻みつけてくれたのです。これらの経験を通じて培われた判断力や危機管理能力は、仕事や人間関係、そして人生における困難な選択をする際に、常に私の指針となってきました。

そして今、これらの経験や学びを、これから山を歩く人々や、山を取り巻く環境のために活かせないだろうか、と考えるようになりました。それは、かつて自分が先輩登山者から教えを請うたり、山の美しさや厳しさに触れる機会を与えられたりしたことへの、ある種の「恩返し」なのかもしれません。

貢献のプロセスがもたらす心の充足感

具体的な活動として、地域の登山道整備ボランティアに参加したり、山岳会で若手登山者に基本的な技術や山の安全について伝える活動に関わったりしています。かつて自分が必死に学んだ地形図の読み方や、天気図から天候の変化を予測する方法など、基本的なアナログスキルを伝えることにも価値を感じています。最新の便利なツールも増えましたが、状況を選ばず頼りになる基本的な知識や技術は、登山を長く続ける上で不可欠だからです。

こうした貢献活動を通じて気づくのは、誰かに何かを与えることの喜び、そして、自分の経験が誰かの役に立っているという深い充足感です。山で培った忍耐力が、整備活動での地道な作業を続ける力となり、計画性が、活動全体の段取りをスムーズに進める助けとなります。また、共に活動する仲間との新たな繋がりも生まれ、そこから刺激や学びを得ることも少なくありません。

山を登ること自体ももちろん素晴らしい経験ですが、山から得た力を他の誰かや何かのために使うという行為は、また異なる種類の、そしておそらくより深い充足感を人生にもたらしてくれるのだと感じています。それは、自分という存在が、単に山を楽しむだけでなく、山や、山を愛する人々、そして社会全体の一部として機能できているという感覚かもしれません。

山との新たな関係、深まる人生

「山が与えてくれたもの」を次に繋ぐという意識を持つことは、山との関係性をより豊かなものにしてくれます。単なるレジャーとしてではなく、そこには感謝と責任、そして共生という視点が加わります。山への貢献は、自分自身の登山経験をさらに深めることにも繋がります。登山道がどのように維持されているかを知れば、日頃の感謝の念が湧きますし、気候変動が山の環境に与える影響を学べば、一登山者としてできることを真剣に考えるようになります。

山からの恩恵を次の世代や自然に還元するプロセスは、私にとって、人生における新たな目標であり、生きがいです。それは、ただ山に登るだけでは決して得られなかった、一歩先の自分へと続く道のように思えるのです。山で培った力を社会で活かし、社会で得た視点を再び山に持ち込む。この循環の中にこそ、長年の登山経験が最終的に行き着く、豊かな人生の境地があるのではないでしょうか。