山の計画変更が教えてくれたこと：固執を手放し、流れに乗る人生観
計画への固執から始まった登山
山へ向かうとき、私たちはまず計画を立てます。地図を広げ、ルートを検討し、休憩場所や時間、持ち物などを詳細に書き出す。この計画を練る時間は、山行の期待感を高めると同時に、未知への備えとして心を落ち着かせてくれる大切なプロセスです。特に登山経験が浅い頃は、立てた計画を完璧に実行することに大きな価値を見出しがちでした。計画通りに山頂に立ち、予定した時刻に下山することこそが、安全な登山であり、成功した山行であると信じて疑いませんでした。
しかし、自然というものは、私たちの計画通りには進まないことの方が圧倒的に多いものです。天気予報が外れる、体調が優れない、思わぬ残雪や倒木でルートが通れない、予想以上に時間がかかるなど、計画変更を余儀なくされる状況は、山にはつきものです。
計画変更を迫られた時の葛藤
かつて、私はこうした計画変更を迫られるたびに、内心で強い抵抗を感じていました。丹念に準備した計画が崩れることへの戸惑い、目標達成が危ぶまれる焦り、そして何より、自分の予測や準備が不十分だったのではないかという自責の念が湧き上がってきたのです。
ある冬の山行では、事前にしっかりと情報収集し、万全の準備をしたつもりでしたが、予想外の強風と低温に体力を奪われ、計画していた稜線ルートを断念せざるを得なくなりました。山頂まであとわずかという地点での撤退判断は、まさに断腸の思いでした。地図とコンパスで代替ルートを探し、安全に下山する道を選びながらも、「なぜもっと早く判断できなかったのか」「このまま進んでいれば」という思いが頭の中を巡っていました。
また別の機会には、連れと歩いていた際、一方の体調が急に悪化し、予定していた行動時間を大幅に短縮せざるを得なくなったこともあります。その時も、山頂を踏めなかったことへの残念さや、計画が狂ったことへの不満が先に立ち、仲間の体調よりも自分の達成欲を優先しようとする心の醜さに気づかされました。
固執を手放し、流れを受け入れる
こうした経験を重ねるうちに、私は徐々に「計画通りに進むこと」への固執を手放すことを学び始めました。山は、人間の都合や計画とは無関係に、常にその表情を変えています。自然の偉大さ、そして予測不可能性の前では、私たちの計画など、ほんの小さな試みに過ぎないのだと痛感したのです。
計画変更は、決して失敗ではありません。それは、刻々と変化する状況に対して、いかに柔軟に対応できるかという、山からの問いかけです。当初の計画に固執し、無理をして突き進むことほど危険なことはありません。むしろ、状況を冷静に見極め、最も安全で賢明な選択肢へと計画を修正する勇気こそが、山で生き抜くために不可欠な能力なのです。
撤退を決断したり、ルートを変更したりすることは、一見すると目標達成を諦める「敗北」のように感じられるかもしれません。しかし、それは目標そのものを捨てることではなく、その時々の最善を選び取る「英断」であると、私は捉え直すようになりました。計画変更を受け入れた山行には、計画通りに進んだ山行とは異なる、予期せぬ発見や学びがあるものです。例えば、別のルートを歩いたことで、知らなかった山の景色に出会ったり、困難な状況を乗り越える中で仲間の新たな一面を知ったりすることもあります。
山の柔軟性が育んだ人生観の変化
山の計画変更から学んだ柔軟性は、やがて私の人生観にも大きな影響を与えました。私たちは人生においても、様々な計画を立てて生きています。仕事での目標、家族との将来設計、趣味や学習の進め方など、多くの計画が私たちの行動を支えています。しかし、山と同様に、人生もまた計画通りにはいかないことばかりです。予期せぬ出来事、人間関係の変化、社会情勢の変動など、私たちのコントロールを超えた要因によって、計画の見直しを迫られることは日常茶飯事です。
以前の私であれば、こうした予期せぬ変化に戸惑い、抵抗し、計画が狂うことに強いストレスを感じていたでしょう。しかし、山で培った経験は、「計画通りにいかないこと」を自然なこととして受け入れ、むしろその中で最善の道を探すことの重要性を教えてくれました。固執を手放し、変化の流れに身を任せてみることで、当初は考えもしなかった新たな可能性や、より豊かな生き方に出会えることもあるのです。
もちろん、計画を立てることの価値は変わりません。計画は、目標へ向かうための指針であり、準備を万全にするための土台です。しかし、その計画は決して絶対的なものではなく、状況に応じて柔軟に修正していくべきものだという認識が、山によって磨かれたのです。
変化を受け入れ、より豊かな道を歩む
山で計画変更を経験するたびに、私は自分の中にある固執や、コントロールできないものへの不安と向き合ってきました。そして、それらを手放し、自然や状況の流れを受け入れることの心地よさ、そしてその中から生まれる新たな発見の喜びを知ったのです。
人生においても、時には立ち止まり、計画を見直す勇気が必要です。立てた計画に盲目的に突き進むのではなく、自身の内なる声や、周囲の状況に耳を澄ませ、柔軟に進路を変えていく。そうすることで、私たちは予定調和の世界を抜け出し、より広く、より深い人生の景色を歩んでいけるのではないでしょうか。山が教えてくれた計画と柔軟性のバランスは、これからも私の人生の指針となってくれることでしょう。